大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岡山地方裁判所 昭和58年(ワ)231号 判決 1986年1月30日

原告

林在源

被告

秋元善三郎

ほか一名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは各自、原告に対し金六五一六万五三八七円及びこれに対する被告秋元善三郎は昭和五八年四月二九日から、同秋元聡は同年五月二一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五六年七月一一日午後八時五〇分ごろ

(二) 場所 岡山県玉野市和田一丁目九番二八号先県道

(三) 加害車 自動二輪車(岡き九五八六・以下「加害車」という。)

(四) 右運転者 被告 秋元聡

(五) 被害者 原告

(六) 態様 被告秋元聡運転の加害車が足踏自転車乗用の原告に追突したもの

2  責任原因

(一) 被告秋元善三郎は、加害車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから、原告の後記損害につき自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条の責任がある。

(二) 被告秋元聡は、前方注視義務があるのに、これを怠つた過失により本件事故を発生させたものであり、原告の後記損害につき民法七〇九条の責任がある。

(三) 被告らの責任は共同の関係にあり不真正連帯の責任がある。

3  受傷の部位、程度

原告は、本件事故により、頭部挫傷、頸椎損傷、右肩、背胸部、腰部の打撲症を負い、昭和五八年一月三一日までに入院五一日、通院実日数三五〇日を要し、その後も頭痛、めまい、頸筋痛、肩から両上肢のしびれ感が後遺症として残り、現在も継続的通院加療をなしている。

4  損害

(一) 治療費 金一三一万四四九一円

(二) 入院雑費 金五万一〇〇〇円

(三) 休業損害 金二九〇一万六二一一円

原告は、昭和五六年三月から林工業の名で玉野市所在の三国工業株式会社から仕事をもらつていた。

同年四月から七月までの収入は金六三一万九三二〇円(月金一五七万九八三〇円)であり、本件事故による休業により昭和五八年一月三一日まで頭書の金額(157万9,830円×18月11日)の収入を失つた。

(四) 逸失利益 金三一七七万三六八五円

原告は、後遺障害の確定した昭和五八年一月三一日の時点で満六〇歳で、以後五年間の特殊塗装技術の仕事は一〇〇パーセント従事できなくなつた。しかし、一般的な業務に従事することはできるので、これを控除し金六九七七万一〇一六円(18,957,960円-2,971,200円)×4.3643=69,771,016円の金員を失つた。その内金として頭書金額

(五) 慰藉料 金三三〇万円

受傷慰藉料 金一六〇万円

後遺症慰藉料 金一七〇万円

(六) 弁護士費用 金三〇〇万円

やむなく弁護士井上健三に訴訟の追行を委任し、同弁護士に金三〇〇万円の報酬を支払う約束をした。

5  損害の填補

原告は、自賠責保険から治療費等金三二九万円の支払を受けた。

よつて原告は被告ら各自に対し本件交通事故に基づく損害賠償金として右填補分を控除した金六五一六万五三八七円及びこれに対する本件事故の後である昭和五八年四月二九日から(但し、被告秋元聡に対しては同年五月二一日)から各支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求原因1につき同(六)の点を除いてその余の事実は認める。本件事故の態様は同(六)主張の追突ではない。急ブレーキをかけた加害車の自動二輪車が転倒し、それが斜め右方に滑走したため接触したものである。

2  同2については、被告秋元聡の過失を争うが、その余の主張は認める。

3  同3は否認する。本件事故による原告の受傷は「右肩、右腰部、右背部打撲」のみであり、しかも全治一週間の通院治療を要す程度の受傷でしかない。従つて原告主張の如き入、通院の必要はない。

4  同4(一)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。原告主張のとおりの一二級相当の後遺症があつたとしても、労働能力喪失は五パーセントであり、しかもその喪失期間は一年くらいである。

三  抗弁

原告は、加害車と先行併進していたのであるから、その進路を変更するにあたつては、後続併進車である加害車にその進路を変更することを指示すべきであるのに、何らの進路変更の指示もせず、しかも後方の確認をすることもなく、いきなり道路を横断しようとしたため接触衝突に至つたものである。従つて、原告自身の過失も大きな原因となつており、少くとも八〇パーセントの責任があるというべきである。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1(一)ないし(五)、2(一)の事実は当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第一〇号証、第二四号証、乙第一号証(原本の存在も当事者間に争いがない。)、第九号証並びに原告本人尋問の結果(但し、後記措信しない部分を除く。)及び被告秋元聡本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、玉方面から羽根崎町方面に通ずる歩車道の区別のあるアスフアルトで舗装された登り勾配の県道(車道幅員約七・二メートル、路側帯幅員各約一・二メートル、歩道幅員各約一・二メートル、対向二車線)上であつたこと、被告秋元聡は、本件事故直前加害車である自動二輪車を運転し、玉方面から羽根崎町方面に向け、同県道左側(車道)部分を小雨の中帰途のため進行中、進路前方左路側帯に原告足踏自転車をみつけたが、このような場合足踏自転車が進路を変え車道を横断することもあり得るのだから、その場合に備え前方を注視してその衝突を避けるべく安全を確認したうえ進行すべき注意義務があつたにもかかわらずこれを怠り、同人が路側帯を直進するものと軽信し漫然と時速四〇キロメートル以上のスピードでそのまま進行した過失により、自宅付近にきた原告がにわかに車道を斜めに横断し始めたことの発見が遅れ、咄嗟に前後の急ブレーキをかけたが間にあわず、同被告は急ブレーキによつて自らバランスを失つて自車を横転させて滑走させ、中央線付近において加害車前部を原告運転の足踏自転車の右側後部のスタンドあたりに接触させて転倒させ、その結果原告に対し、後記の傷害を負わしたことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部は措信できないし、他に右認定を覆えずに足りる証拠はない。

右の事実によれば、本件事故は、被告秋元聡の過失が原因となつて発生したものといわざるを得ない。

したがつて、被告秋元聡は民法七〇九条により、被告秋元善三郎は自賠法三条により連帯して右事故によつて生じた後記損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

二  ところで、本件事故によつて原告が受傷した点について、原告は本件事故により頭部挫傷、右肩、背胸部、腰部の打撲傷を負つた旨主張し、これに対し、被告は右肩、右腰部、右背部打撲のみであると反論するので判断するに、

1  原告の主張に沿う証拠として松田穆の証言及び弁論の全趣旨によつて真正に成立したものと認められる甲第二号証(昭和五七年一二月三日発行の診断書)、第三号証の一ないし一五(診療報酬明細書)、第四号証(昭和五八年二月二六日発行の自動車損害賠償責任保険後遺障害診断書)、第二〇号証(前同昭和五九年一二月八日発行診断書)、第二四号証(所見)、乙第八号証(診療録)及び証人松田穆の証言がある。

しかしながら、右の証拠中甲第二四号証の記載部分及び証人松田穆の証言中には後記の後遺症との因果関係の点における認定した事実及び後記の証拠に照らすと措信できない部分が多く、従つて右の証拠だけでは原告の主張を認めるに十分でない。

かえつて前示各証拠及び松田穆の証言と弁論の全趣旨によつて真正な成立の認められる乙第二号証(但し甲第二四号証中の措信しない記載部分及び証人松田穆の措信しない証言部分を除く。)によれば

(一)  原告は、本件事故によつて足踏自転車もろとも転倒したものの、本件事故当時外傷はなく、従つて警察官においては本件事故を入損事故扱いとせず、従つて又、実況見分調書も作成しなかつたこと

(二)  被告秋元聡は、右の事情のため、原告を医師に診察させる必要はないと事故当時判断したものの、交通事故に伴う後日の無用紛争を回避するため、原告を敢えて説得して、付近の玉野市和田三丁目一番二〇号所在の医療法人松和会松田病院(証人松田穆経営の救急指定病院)に赴かせ受診させたこと

(三)  初診当初、原告は自覚的に右肩、下背部の痛みを訴えていたが、外見上或いは他覚的には、右肩、下背部に何らの腫脹や血腫、皮下血腫がなく、その後の診療録上同部に腫脹等が表われたとの記載はみいだせないこと

(四)  原告は、事故直後、直ちに入院せず、二日を経て独歩歩行で右松田病院に入院し、入院の三日後の七月一六日には早くも外出していること

(五)  診療録上頭部に関するX線CT及び脳波が直ちに撮られたとの記載もないこと、その後X線CTは昭和五六年七月二四日に撮られたが、前示甲第四号証(自賠用診断書)には「C、T、異常なし」の所見があること

(六)  本件事故直後に、右骨盤、右肋骨について撮影がなされたが、異常がある旨の所見の記載はないこと、腰部に関するX線は昭和五六年九月一日の退院後の昭和五六年一〇月に撮影がなされているが、異常がある旨の所見の記載はなく、かえつて、経過良好との記載があること

(七)  胸部X線撮影に関しては、昭和五七年一〇月一九日、同年一一月八日にその旨の記載があるからその時点で初めて撮影されたものと考えられるが、その所見は「異常がない」とされていること

(八)  その他頸椎に関するX線撮影がなされたとの記載はみられず、かえつて肝臓等の生化学的検査が多く行われており、しかも外科上の手当は筋弛緩剤、消炎剤、ビタミン注射や湿布に終始し単一治療であること

以上の事実を認めることができ、右認定に反する前示甲第二四号証の記載部分及び松田証言の一部は、右事実に照らし措信できないし、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定した事実を総合すれば、原告は本件事故によつて頭部挫傷や頸椎損傷の傷害を負つたとまで認定しえず、乙第二号証の診断のとおり右肩、右腰部、右背部の打撲傷を負つたにすぎず、しかも全治一週間の受傷を負つたにすぎないと解される。

2  前示甲第二〇号証、乙第八号証、前示松田の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告には現在頭部痛、腰痛、肩や下背部の疼痛の症状があり、これが頭痛、めまい、頸筋痛、肩から両上肢のしびれ感をひきおこさせている(以下「現在の症状」という。)ことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  そこで現在の症状が本件事故の後遺症として前記1で認定した打撲症と相当因果関係にあるかどうかを検討する。

(一)  原告は、現在の症状は本件事故による後遺症であると主張し、それに沿う旨の証拠として、前示甲第二号証、第三号証の一ないし一五、第四号証、第二〇号証、第二一号証、第二四号証、乙第八号証と松田証言を援用する。

しかしながら、成立に争いのない乙第一〇、一一号証、第一二号証の一ないし一二及び弁論の全趣旨によつて真正に成立したと認められる乙第七号証及び松田証言(但し措信しない部分を除く。)によれば、

(1) 前示松田病院作成の各種診断書診療録は松田病院が二四時間体制を要求される救急指定病院で、それをまかなう常勤医師四名のみでなく岡大医学部等からのアルバイト医師七名によつてまかなわれてきたため、同人らによつても作成されてきたこと、そのため、前示の診断書、診療録は、松田医師によつて統一的に作成されたものではなく、その時々のアルバイト医師ら診療した担当医がその責任においてその都度作成してきたものであること。

(2) 右の状況下で作成された甲第四号証の診断書には、頭部の異常を発見するためのX線CTに関し、「C、T、の異常はない」旨の所見記載があること

同様甲第二〇号証の診断書においても脳波には異常がない旨の記載があるが、X線CTに関しては左前側に異常低電濃度部位(ローデンシテイ)がある旨所見されるが、しかしこの記載は異常性の内容に具体性がないばかりかその後は経過良好で退院していること。

(3) 奥村脳神経外科医師奥村修三によれば、X線CTには異常所見はない旨断定していること

以上の事実が認められ、又、前示各証拠によれば、原告は糖尿症、高脂質血症、過コレステロール血症、痛風に罹患し、さらに血糖値、尿配値、コレステロール値から脳動脈硬化症に罹患していることが認められる。

以上認められた事実からすれば、原告援用の証拠のうち、右認定に反する部分は措信できないというべきである。

そうすると本件事故による打撲傷は原告に異常をもたらしていないと解すべきである。

かえつて原告の現在の頭痛等の症状は、持病の脳動脈硬化症によるものと解するのが相当であつて、本件事故の後遺症とみるべきではない。従つて、現在の頸痛症状は、本件事故と相当因果関係がないというべきである。

(二)  進んで腰痛が本件事故と相当因果関係にあるかを検討する。

原告は、それに沿う証拠として前述(一)で述べた各証拠を提出、援用する。

そして甲第二〇号証によれば腰椎三ないし五の変形増加がある旨の記載があり、甲第二一号証のX線所見において腰椎の骨棘形成がみられる旨の記載がある。しかしながら前記各証拠によれば

(1) 前判示のとおり、原告は独歩入院しており、本件事故において骨傷していないこと

(2) 乙第八号証の診療録には腰椎変形性脊椎症は加令的変化で事故による変形ではないと断定明言していること

(3) 前示乙第一一号証において角南義文医師は腰椎X線フイルムの画像の第四、第五腰椎椎間狭少は骨棘形成であり、老化による変形性脊椎症の典型であると断定していることが認められ、右の事実は合理性があるというべきである。

そうすると右認定に反する原告援用の甲第二一号証の記載部分及び松田証言中の一部は右認定事実に照らし措信できないというべきである。

以上の事実によれば、腰痛は本件事故の外傷によるものとはいえずその間に相当因果関係がないというべきである。

(三)  頸筋痛が頸椎との関係で原因となつているかを判断するに

(1) 前判示のとおり、原告は本件事故によつて頸椎損傷に罹患したことは断定し難いこと

(2) このことは、前判示のとおり原告が受傷翌々日に独歩入院し、四肢の麻痺等を訴えていないことから裏づけられること

(3) 頸椎変形も骨棘によるものであると認められること

(4) 事故の態様及び受傷部位からいつて頸椎に損傷を生じる原因となりえないこと

が認められる。従つて右認定に反する甲第二一号証の記載部分及び松田証言中の一部は、右各証拠に照らし措信できないというべきである。

以上によれば頸筋痛も本件事故の外傷によるものとは解せられない。

従つて右症状と本件事故とは相当因果関係がないというべきである。

(四)  その他全証拠によるも、原告の現在の症状が本件事故によつて引きおこされたことは認められない。

以上によれば、原告の現在の症状は、本件事故と相当因果関係にはないというべきである。

三  そこで損害について判断する。

1  請求原因4(一)の治療費金一三一万四四九一円については当事者間に争いがない。

2  前記認定の受傷の程度からすれば、同4(二)ないし(四)は相当因果関係になく、原告の主張は援用できない。

同4(五)の慰藉料は、事故の態様、程度、原告の受傷の部位、程度、治療の経緯等諸般の事情を考慮すると、同人の前記受傷による慰藉料として金一〇万円が相当であると認める。

同4(六)の弁護士費用については、前記の受傷の程度からして本訴の提起に踏み切る程の事件ではなかつたのであるから、被告に対し弁護士費用として賠償を求め得ないというべきである。

四  次に、被告らは過失相殺の抗弁を主張するので判断するに、前記の認容額や被告のスピード制限超過の事実を認定できない点を考慮して、当裁判所は原告の過失を斟酌すべきでないと考える。

そうすると、原告の総損害額は金一四一万四四九一円となる。

しかして、原告が自賠責保険から受領した金員は合計金三二九万円であることは当事者間に争いがないところ、右総損害額からこれを控除すると剰余はないこととなる。

五  以上の次第で、原告の被告に対する本訴請求は、自賠責任保険によつて既に填補ずみであり、損害賠償請求権は消滅しているから、原告の請求は理由がない。

よつて原告の請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 生田治郎)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例